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ことばのおしいれ

矢吹可奈の担当になります

矢吹可奈の担当になりました。お気持ちが溢れた結果エッセイのようなSSのようなものができました。基本的に自己解釈・フィクションですが、思いと彼女が気になりだした取っ掛かりはすべて事実です。

 

可奈、よろしくね。

 

 

 

 新しい「うた」に出会う日

 

 社長から呼び出しがかかったのはゴールデンウイーク明けの火曜日のことだった。

『おお!よく来てくれた渦森くん!』

「呼んだのは社長ですよ。ところで、要件とは」

『おっとそうだった…………君、矢吹可奈くんを担当してみる気は無いかね?』

「えっ…………?」

 

 矢吹可奈

 同じプロダクションだから名前は当然知っていた。かわいくて、歌が好きで、そして無邪気で、不器用そうな、でも明るい子だ。

 さらに言えば、彼女を担当していたのは、ぼくの同期入社の奴だったから、どちらかといえば「よく知っている」ほうのアイドルのように思う。小さな事務所だから、同期なんて貴重で、そいつとはよく食事に行ったりする仲だった。

 社長は「全国にウン万人ものプロデューサーがいるんだぞ!」なんていつも冗談のように言うけれど、こんな小さいプロダクションにそんなにプロデューサーがいたらプロデューサーだけで事務所がいっぱいになってしまう。

 

 だから、彼が「辞めそう」なことは、実は結構前から知っていた。

 彼は仕事に疲れていた。最近は食事も断られ続け、なんとなく疎遠になっていたけれど。

 

 そうか。ついに折れたのか。

 

「そうですか……」

 こんな形で戦友との別れを聞くことになるとは思わなかった。

 

『そうか、君は彼と同期だったな。彼はとてもいいプロデューサーになると思っていたがな………』

 

 だかしかし。とはいえ。

「どうしてわたしなのでしょうか? わたしが基本的に担当を複数人持たないというのは、社長もよくご存じだと思うのですが…」

『うむ。それもよーく、理解しているつもりだ。わたしがいままで何人のアイドル諸君の担当を君に断られ続けてきたと思う?』

「それは、本当に申し訳なく………」

『いや、いいんだいいんだ。アイドルにはいろんな輝き方があるように、プロデュースの形も、プロデューサーの形だけあるんだ。だから、今回も必ずとは言わない。断ってくれてもいい。ただ、一度ちゃんと考えてみてほしい。それだけだよ。』

 

 あいつは6thのライブ周りの仕事がひと段落するまでは彼女の面倒を見るらしい。だから社長には6thのライブまで時間をもらった。本番前は基本的に歌織さんにつきっきりだから、彼女のステージをしっかりと見たことはなかった。

 営業の行き来などで、とりあえず彼女が歌っている楽曲を一通り聞きこんだ。「オリジナル声になって」「おまじない」「あめにうたおう♪」……同じ「歌が好き」な歌織さんと大きく違うのは、その無邪気さだろう。

 ただ不思議なことに、レッスンでは結構注意されるようだ。彼女が参加するレッスンをドア越しに様子を伺ってみたが、確かに音程をとるのに相当苦労しているようだった。じゃあ結構な編集をリリースまでにかけているのだろうかとその辺を音声スタッフに聞いてみると、そんなことはないという。皆口をそろえて言うのが、「彼女は本番になると爆発する」ということであった。

 

結局、なんだかよくわからないまま、2019年5月19日。アイドルマスターミリオンライブ6thライブ神戸公演初日を迎えてしまった。

 

歌織さんの仕事の関係で入りが遅めになり、東京から新幹線に飛び乗り、新神戸の駅についたのは14時過ぎのことだった。

改札を抜け、地下鉄に乗り換えようとしたとき、聞きなれた声に声を掛けられた。

 

それは、同期の…………矢吹可奈の担当をしている「あいつ」だった。

「お前!? 現場は大丈夫なのかよ」

『ちょっと無理行って抜けてきた。可奈はリハ中だし、大丈夫だと思う。クルマ出してもらってるから、時間無いし、それで行っちゃおうか。』

 

 車が生田川沿いを走り始めたところで、聞きたかったことを聞くことにした。

「お前さ……辞めるのな」

『すまない……………』

「いや、責めてるんじゃないよ。ただ、ずっと苦労してたみたいだからなあ。ついにか。という感じはある。」

『そういえば、可奈のこと社長が君にお願いしたって言ってたな。迷惑かけてすまないな…』

「いや、それはいいんだ。実はまだOKも出してない。今日、決めようと思う。」

『そうか。今日か。』

「社長に言われてから、ずっと可奈ちゃんのことを調べて、考えてきた。でもなんだろう。なんか、大事なことが分からないんだ。そこがもやもやする。その大事なことっていうのが何かもわからない。」

『なるほど。』

 ぼくの困惑を素直に伝えると、あいつはなぜかちょっとほっとした感じで『社長には敵わないね』と唸った。

「どうして社長はぼくに担当になってくれと言ったのかね」

『まぁ…………僕にはわからなくもないかな。でもうまく言葉にはできない。』

 

 クルマが橋を渡り、ポートアイランドに入る。渋滞も無いから、ほどなく会場につくだろう。

 

 車を降りるとき、最後にあいつは

『きっと君は可奈のことを気に入ってくれると思う。僕では可奈には足りなかった………いや、足りすぎたのかもしれないな。現担当の僕からも、君が僕の後継になってくれるのなら、うれしく思うよ』

といった。

 

 言葉の意味は、今一つ分からなかった。

 

 

 席で見るか、袖で見るか迷ったが、彼女のオフの姿を見たいと思い、袖で様子をうかがうことにした。

 可奈ちゃんはトップバッター。「STAR ELEMENTS」だ。朗読劇をやるらしく、琴葉ちゃん、未来ちゃんと3人で最終確認をしている。

 

 

 

 17時。開演。後になってみれば、忘れられない4時間が始まった。

 琴葉、未来、可奈の3人がステージに飛び出していく。「Episode Tiara」はフル初出しだったと思うが、よくコールが入っている。可奈ちゃんの歌唱力も安定していて、やはり彼女は本番にめっぽう強いタイプなのだと気づかされる。

 

 ただ、ここまでは、わたしの知りうる「矢吹可奈」を超えるものではなかった。

 

 彼女の「変化」は、朗読劇で起きた。

 朗読劇。彼女は、人当たりは表面上良いのに、その内実は意地悪で、何をしてでも相手を蹴落としていこうとする、「彼女らしくない」役回りだった。ただ、普段の音痴はなんなんだと思うくらい、抑揚や雰囲気の切り替えが上手だ。最初は、朗読もうまいのかと思うくらいだったが、モニタを眺めているうちに気づくことがあった。

 

 彼女の台本を持つ手が震えている。

 

 それは微かな、席からは見えないかもしれないような微かな震え。

 彼女は、いま、なにを怖がっているのか。

 

 その答えは、ハケ後に分かった。

 ハケた後、彼女は泣いていた。

 琴葉と未来が必死になって彼女をなだめているようだ。「役だから!役だから!ね?」という未来の声が聞こえる。

 彼女が怖がっていたもの………それは、「彼女が演じている役回り」だった。さらに言えばそれを演じる自分を怖がっていたのだ。未来のフォローに対し「ごめん………………でも…………」と返す可奈の姿を見て、思った。

 

「あいつに似ている」

 

 あいつも良くも悪くも「響きやすい」やつだった。どんなことにも自分のことのよう喜び………そして、自分のことのように悲しむやつだ。

 

「そうか。」

 

 いま、やっと。理解した。あいつがここを去ろうとする理由。そして、この現場にいられない理由。

 あいつは自分が可奈をつぶすと思ったんだと思う。自分と可奈が似ていることに気づいていた。だから可奈が悲しめばきっとあいつも同じくらい悲しんだはずだ。それ自体は決して悪いことじゃない。同じことに喜び、悲しむ経験はアイドルとプロデューサーにとって意味のあることだ。ただそれはアイドルとプロデューサーにとっては「共倒れ」のリスクも抱えるものになる。アイドルがそういった状況に陥った時、帰ってこれる場所、頼れる場所としてプロデューサーはあるべきだ。

 

 あいつは、可奈ちゃんをアイドルにするためにプロデューサーを辞めるんだ。

 

 そして、バトンはいま僕の手にある。

 

 彼女は歌が好きだ。彼女のことを観察して気づいたが、彼女は歌うことそのものも好きだが、歌って褒められることも好きなように思う。歌が好きな人が一番楽しく歌い、評価される世界は、間違いなく芸能界だろう。でも、芸能界ではこんなことはざらにある。むしろこれ以上に厳しい現場が彼女を待ち受けていることと思う。そんなとき、彼女は、この世界を生きていけるのだろうか。

 

 僕にはその姿が想像できなかった。

 きっと、彼女………矢吹可奈は、いつかあいつみたいにポッキリと折れてしまって、この世界を去ってしまう。そう思った。

 

 でも、彼女は歌が好きだ。うちの歌織さんに負けないくらい。

 そんな彼女が、絶望だらけのこの世界に絶望しても、歌が好きでいられるか?

 

 彼女にとっても、歌織さんと同じだ。歌は翼だ。きっと彼女にあたらしい世界をたくさん見せてくれるものだろうと思う。

 この世界は、そんな翼を容易に奪い去ろうとする。それはどんなに小さな、中学生の彼女に対してもそうだ。彼女が翼を奪われ、歌に絶望した姿…………考えられない。ありえない。

 

 でも、あり得るのだ。

 

「でも。見たくねえなあ。そんなの」

 

 そんなもの見たくない。あれだけ歌が好きだと言い続けている彼女が、好きなことで否定されてほしくない。それは、好きなことで食べていけなかった自分への餞でもある。

 自分が彼女を担当する意味はなんだろう。わたしは「好き」を大事にしたい。「好き」は可能性だ。彼女も気づいているようだが、当然「好き」なだけじゃだめだ。血のにじむような努力も必要だ。我慢も必要だ。無理も必要だ。でも、その努力や我慢を可能にするのはやっぱり「好き」なのだ。

 

 だから、彼女の「好き」の可能性を認めてあげたい。どこまでも伸ばしたい。広げたい。実現してあげたい。

 

 あいつの言葉の意味が、やっと分かった。

 

 このプロダクションの社是のようなもの……ミリオンシアター1周年にリリースした楽曲「UNION!!」の歌詞を思い出す。「ひとりじゃ届かない、ひとりも手放さない――」

 支える。共にある。可奈ちゃん……可奈を手放さないために、諦めないために。

 

 そのためにもう答えは一つしかない。

 

 

 こんなにわくわくしているのは、いつぶりだろうか。

 他人の「好き」を支えて、どこまでも伸ばしていくのはとても楽しいのだ。

 

 

「やらせてください。矢吹可奈………可奈のプロデュースを。」

 

 

続くのか…?

 

 

 

追記

小笠原早紀さんの快復を心よりお祈りしております。告知を受けながら仙台公演に誰にも悟られず立ったのだと思うと……………我々はどこまでも待っています。あせらずゆっくりと療養なさってください。