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ことばのおしいれ

矢吹可奈の担当になります

矢吹可奈の担当になりました。お気持ちが溢れた結果エッセイのようなSSのようなものができました。基本的に自己解釈・フィクションですが、思いと彼女が気になりだした取っ掛かりはすべて事実です。

 

可奈、よろしくね。

 

 

 

 新しい「うた」に出会う日

 

 社長から呼び出しがかかったのはゴールデンウイーク明けの火曜日のことだった。

『おお!よく来てくれた渦森くん!』

「呼んだのは社長ですよ。ところで、要件とは」

『おっとそうだった…………君、矢吹可奈くんを担当してみる気は無いかね?』

「えっ…………?」

 

 矢吹可奈

 同じプロダクションだから名前は当然知っていた。かわいくて、歌が好きで、そして無邪気で、不器用そうな、でも明るい子だ。

 さらに言えば、彼女を担当していたのは、ぼくの同期入社の奴だったから、どちらかといえば「よく知っている」ほうのアイドルのように思う。小さな事務所だから、同期なんて貴重で、そいつとはよく食事に行ったりする仲だった。

 社長は「全国にウン万人ものプロデューサーがいるんだぞ!」なんていつも冗談のように言うけれど、こんな小さいプロダクションにそんなにプロデューサーがいたらプロデューサーだけで事務所がいっぱいになってしまう。

 

 だから、彼が「辞めそう」なことは、実は結構前から知っていた。

 彼は仕事に疲れていた。最近は食事も断られ続け、なんとなく疎遠になっていたけれど。

 

 そうか。ついに折れたのか。

 

「そうですか……」

 こんな形で戦友との別れを聞くことになるとは思わなかった。

 

『そうか、君は彼と同期だったな。彼はとてもいいプロデューサーになると思っていたがな………』

 

 だかしかし。とはいえ。

「どうしてわたしなのでしょうか? わたしが基本的に担当を複数人持たないというのは、社長もよくご存じだと思うのですが…」

『うむ。それもよーく、理解しているつもりだ。わたしがいままで何人のアイドル諸君の担当を君に断られ続けてきたと思う?』

「それは、本当に申し訳なく………」

『いや、いいんだいいんだ。アイドルにはいろんな輝き方があるように、プロデュースの形も、プロデューサーの形だけあるんだ。だから、今回も必ずとは言わない。断ってくれてもいい。ただ、一度ちゃんと考えてみてほしい。それだけだよ。』

 

 あいつは6thのライブ周りの仕事がひと段落するまでは彼女の面倒を見るらしい。だから社長には6thのライブまで時間をもらった。本番前は基本的に歌織さんにつきっきりだから、彼女のステージをしっかりと見たことはなかった。

 営業の行き来などで、とりあえず彼女が歌っている楽曲を一通り聞きこんだ。「オリジナル声になって」「おまじない」「あめにうたおう♪」……同じ「歌が好き」な歌織さんと大きく違うのは、その無邪気さだろう。

 ただ不思議なことに、レッスンでは結構注意されるようだ。彼女が参加するレッスンをドア越しに様子を伺ってみたが、確かに音程をとるのに相当苦労しているようだった。じゃあ結構な編集をリリースまでにかけているのだろうかとその辺を音声スタッフに聞いてみると、そんなことはないという。皆口をそろえて言うのが、「彼女は本番になると爆発する」ということであった。

 

結局、なんだかよくわからないまま、2019年5月19日。アイドルマスターミリオンライブ6thライブ神戸公演初日を迎えてしまった。

 

歌織さんの仕事の関係で入りが遅めになり、東京から新幹線に飛び乗り、新神戸の駅についたのは14時過ぎのことだった。

改札を抜け、地下鉄に乗り換えようとしたとき、聞きなれた声に声を掛けられた。

 

それは、同期の…………矢吹可奈の担当をしている「あいつ」だった。

「お前!? 現場は大丈夫なのかよ」

『ちょっと無理行って抜けてきた。可奈はリハ中だし、大丈夫だと思う。クルマ出してもらってるから、時間無いし、それで行っちゃおうか。』

 

 車が生田川沿いを走り始めたところで、聞きたかったことを聞くことにした。

「お前さ……辞めるのな」

『すまない……………』

「いや、責めてるんじゃないよ。ただ、ずっと苦労してたみたいだからなあ。ついにか。という感じはある。」

『そういえば、可奈のこと社長が君にお願いしたって言ってたな。迷惑かけてすまないな…』

「いや、それはいいんだ。実はまだOKも出してない。今日、決めようと思う。」

『そうか。今日か。』

「社長に言われてから、ずっと可奈ちゃんのことを調べて、考えてきた。でもなんだろう。なんか、大事なことが分からないんだ。そこがもやもやする。その大事なことっていうのが何かもわからない。」

『なるほど。』

 ぼくの困惑を素直に伝えると、あいつはなぜかちょっとほっとした感じで『社長には敵わないね』と唸った。

「どうして社長はぼくに担当になってくれと言ったのかね」

『まぁ…………僕にはわからなくもないかな。でもうまく言葉にはできない。』

 

 クルマが橋を渡り、ポートアイランドに入る。渋滞も無いから、ほどなく会場につくだろう。

 

 車を降りるとき、最後にあいつは

『きっと君は可奈のことを気に入ってくれると思う。僕では可奈には足りなかった………いや、足りすぎたのかもしれないな。現担当の僕からも、君が僕の後継になってくれるのなら、うれしく思うよ』

といった。

 

 言葉の意味は、今一つ分からなかった。

 

 

 席で見るか、袖で見るか迷ったが、彼女のオフの姿を見たいと思い、袖で様子をうかがうことにした。

 可奈ちゃんはトップバッター。「STAR ELEMENTS」だ。朗読劇をやるらしく、琴葉ちゃん、未来ちゃんと3人で最終確認をしている。

 

 

 

 17時。開演。後になってみれば、忘れられない4時間が始まった。

 琴葉、未来、可奈の3人がステージに飛び出していく。「Episode Tiara」はフル初出しだったと思うが、よくコールが入っている。可奈ちゃんの歌唱力も安定していて、やはり彼女は本番にめっぽう強いタイプなのだと気づかされる。

 

 ただ、ここまでは、わたしの知りうる「矢吹可奈」を超えるものではなかった。

 

 彼女の「変化」は、朗読劇で起きた。

 朗読劇。彼女は、人当たりは表面上良いのに、その内実は意地悪で、何をしてでも相手を蹴落としていこうとする、「彼女らしくない」役回りだった。ただ、普段の音痴はなんなんだと思うくらい、抑揚や雰囲気の切り替えが上手だ。最初は、朗読もうまいのかと思うくらいだったが、モニタを眺めているうちに気づくことがあった。

 

 彼女の台本を持つ手が震えている。

 

 それは微かな、席からは見えないかもしれないような微かな震え。

 彼女は、いま、なにを怖がっているのか。

 

 その答えは、ハケ後に分かった。

 ハケた後、彼女は泣いていた。

 琴葉と未来が必死になって彼女をなだめているようだ。「役だから!役だから!ね?」という未来の声が聞こえる。

 彼女が怖がっていたもの………それは、「彼女が演じている役回り」だった。さらに言えばそれを演じる自分を怖がっていたのだ。未来のフォローに対し「ごめん………………でも…………」と返す可奈の姿を見て、思った。

 

「あいつに似ている」

 

 あいつも良くも悪くも「響きやすい」やつだった。どんなことにも自分のことのよう喜び………そして、自分のことのように悲しむやつだ。

 

「そうか。」

 

 いま、やっと。理解した。あいつがここを去ろうとする理由。そして、この現場にいられない理由。

 あいつは自分が可奈をつぶすと思ったんだと思う。自分と可奈が似ていることに気づいていた。だから可奈が悲しめばきっとあいつも同じくらい悲しんだはずだ。それ自体は決して悪いことじゃない。同じことに喜び、悲しむ経験はアイドルとプロデューサーにとって意味のあることだ。ただそれはアイドルとプロデューサーにとっては「共倒れ」のリスクも抱えるものになる。アイドルがそういった状況に陥った時、帰ってこれる場所、頼れる場所としてプロデューサーはあるべきだ。

 

 あいつは、可奈ちゃんをアイドルにするためにプロデューサーを辞めるんだ。

 

 そして、バトンはいま僕の手にある。

 

 彼女は歌が好きだ。彼女のことを観察して気づいたが、彼女は歌うことそのものも好きだが、歌って褒められることも好きなように思う。歌が好きな人が一番楽しく歌い、評価される世界は、間違いなく芸能界だろう。でも、芸能界ではこんなことはざらにある。むしろこれ以上に厳しい現場が彼女を待ち受けていることと思う。そんなとき、彼女は、この世界を生きていけるのだろうか。

 

 僕にはその姿が想像できなかった。

 きっと、彼女………矢吹可奈は、いつかあいつみたいにポッキリと折れてしまって、この世界を去ってしまう。そう思った。

 

 でも、彼女は歌が好きだ。うちの歌織さんに負けないくらい。

 そんな彼女が、絶望だらけのこの世界に絶望しても、歌が好きでいられるか?

 

 彼女にとっても、歌織さんと同じだ。歌は翼だ。きっと彼女にあたらしい世界をたくさん見せてくれるものだろうと思う。

 この世界は、そんな翼を容易に奪い去ろうとする。それはどんなに小さな、中学生の彼女に対してもそうだ。彼女が翼を奪われ、歌に絶望した姿…………考えられない。ありえない。

 

 でも、あり得るのだ。

 

「でも。見たくねえなあ。そんなの」

 

 そんなもの見たくない。あれだけ歌が好きだと言い続けている彼女が、好きなことで否定されてほしくない。それは、好きなことで食べていけなかった自分への餞でもある。

 自分が彼女を担当する意味はなんだろう。わたしは「好き」を大事にしたい。「好き」は可能性だ。彼女も気づいているようだが、当然「好き」なだけじゃだめだ。血のにじむような努力も必要だ。我慢も必要だ。無理も必要だ。でも、その努力や我慢を可能にするのはやっぱり「好き」なのだ。

 

 だから、彼女の「好き」の可能性を認めてあげたい。どこまでも伸ばしたい。広げたい。実現してあげたい。

 

 あいつの言葉の意味が、やっと分かった。

 

 このプロダクションの社是のようなもの……ミリオンシアター1周年にリリースした楽曲「UNION!!」の歌詞を思い出す。「ひとりじゃ届かない、ひとりも手放さない――」

 支える。共にある。可奈ちゃん……可奈を手放さないために、諦めないために。

 

 そのためにもう答えは一つしかない。

 

 

 こんなにわくわくしているのは、いつぶりだろうか。

 他人の「好き」を支えて、どこまでも伸ばしていくのはとても楽しいのだ。

 

 

「やらせてください。矢吹可奈………可奈のプロデュースを。」

 

 

続くのか…?

 

 

 

追記

小笠原早紀さんの快復を心よりお祈りしております。告知を受けながら仙台公演に誰にも悟られず立ったのだと思うと……………我々はどこまでも待っています。あせらずゆっくりと療養なさってください。

桜守歌織と、私の。2018年

この記事は、

adventar.org

の12月15日更新分です。

ちなみに、まえの日(12月14日)は、muscle_keisukeさんの

 

muscle-keisuke.hatenablog.com

でした。あれ…ペイントでできてるじゃん!って思いましたが、そうじゃないですね。この、己が信じた道で見えている正解にたどりつきたい。他の人がやらないからやる…という熱意ですよ。これが大事なんですよね。

 

そもそも「渦森」ってどんなやつなんだよ

ここのブログの書き主の名前を見てもらうと分かるのですが、実はわたしはこのネットの広い海で、2つの名前を使って活動しています。「渦森」と「かぜみな」。この2つです。

前回(エクマス)は、「かぜみな」として活動している方面のことについてお話しました。

kazeminote.hatenablog.com

 

さて、アイマスPとしての「渦森」ですが………実は、歴史がかなり浅いのです。皆さん驚きでしょう。あんなにデカい顔をしておるのに……

本格的にミリオンにかかわるようになったのは、ミリシタの登場以後……いわゆるミリシタ組ということになります。担当は桜守歌織ファンはジュリア自分と似てるのは豊川風花の三本の矢、選択と集中(☜言いたかった)で日々のP稼業を続けています。

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アイマストドンもやってますよ…………

 

今回は、アイマスPとしての顔……「渦森」として、どのようにアイマスに出会い、魅せられていったのか、今年のまとめとして書き記していきたいと思います。

 

 

アイマスとの出会い

そうですね……まずはわたしとアイマスとの出会いについて、お話しすべきだと思うので、まずはそこからお話したいと思います。これは2017年中のことになるので、いわば「前日譚」的なサムスンだと思ってもらえればよいのですが、2017年の6月だったか、別件で会っていた中学・高校の先輩(よくつるむ)に勧められたのがはじまりでした。

その頃、わたしはナナシス(Tokyo-7th sisters)で支配人稼業をメインにやっていました。そうしたこともあって、言われるままアプリをダウンロードしたはいいものの、ガッツリとやり込むこともなく、イベントの回し方もよく分からずで、気が向いたらログインしていろいろ触ってみる………みたいな、今一つのめり込めない時間が長く続き、その後の副業の多忙もあって、あまり触らないようになっていきます。

 

 

挫折から始まった2018年

ここからは、ちょっと重い話になります。c/wでもあればいいんですが、そういうワケにもいかないので、読みたくねえ!という人がいたら、この章をまるっとすっ飛ばしてくださいね。

 

 

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わたしのことーまちを歩くときに考えること

いま、なんだか妙に緊張しております。

今回

adventar.org

という、アメリカのアドベントカレンダーに倣って12月1日から25日の間、毎日何らかのブログ記事を持ち寄ろうぜ!?」な企画に縁あって参加することになりました。

 

わたしが参加したアドベントは「アイドルマスターmastodonインスタンス所属な奴限定だけど、アイマスじゃない話題しようぜぃ」という、なんだか倒錯したような、アイドルマスターというコンテンツを支えるプロデューサーたちの懐の広さを感じるような、そんなアドベントです。

 

わたしもそんなプロデューサーの一員なわけですが、わたしがアイドルマスターmastodonインスタンスアイマストドン」に参加したのは、2018年の10月末です。つまり、まぁ「新参」なんですよね。知っていましたか、皆さん。普段から大きい顔してますね。ちょっと反省です。

 

まぁそれはさておき、なので今回は、皆さんに自己紹介みたいな感じで、それに加えて、わたしの大事な本業その2である「まちを眼差す」ことについて、ちょっぴり、お付き合いいただけたらと思います。

 

 

ちなみに、まえの日(12月4日)は、紗那しゃなさんの

kotorilike.hatenablog.com

でした。紗那しゃなさんの「背景特定」好きは知っていましたが、その根底にはingressがあったと。とても納得できるお話でした。わたしもカフェ巡りはもりもり好きなので、機会があればご案内します。

 

 

そもそも「渦森」ってどんなやつなんだよ

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「なんでアイコンが担当じゃないの????」

ここのブログの書き主の名前を見てもらうと分かるのですが、実はわたしはこのネットの広い海で、2つの名前を使って活動しています。「渦森」と「かぜみな」。この2つです。

まずは、おそらく皆さんがご存じであろう「渦森」。これは完全にプロデューサーとしての名義です。そうあれは……2017年の8月…くらいでしたか。忘れもしない新宿西口エステックビルの喫茶ルノアールだったと思います(忘れてるじゃん)。ASからのファンだった友人から、「いいから登録しとけ」と半ば強制的に入れさせられたのがはじまりでした。この辺の経緯は、もう一つのアドベントでまた今度、詳しくお話しすることにしましょう…………で、気づけばこれです。桜守歌織さんに出会い、大真面目に人生の窮地を救われ、いまがあります。

 

 

じゃあ「かぜみな」とは誰なのか

そして、もう一つが「かぜみな」です。

これは、わたしのもともとの「本業」であった、まち歩き、商業施設巡り、旅行、地理絡みのアカウントです。

細かい興味対象はいろいろありますが、とにかくざっくりいうと「旅好き」ということになります。もともと鉄道から旅行や地域のことに興味を持ち、地図や時刻表を眺めることが多かったので、わたしは旅行経験より知識の方が先行しているタイプでした。そうした中で旅行をすると、まるで自分の白地図にその景色を描きこんでいくように、「知らない景色を知っている景色に変えてゆく」「知識で知っていた場所が、自分の中で経験に置き換わっていく」瞬間があります。これがとても気持ちがいいのです。そしてその経験を積み重ねていくと感じるのが「経験した景色で日本中を塗りつぶしてゆく快感」……ちょっと征服欲に近いのかもしれないです。でもきっと、わたしの旅行好きの源泉はここなのだろうと思います。

社会人になった今は昔ほどそうした趣味のために出かけることが難しくなっていますが、年に2回の長期休暇では地方に旅立ち、週2回の休みでは気力があればぷらぷらまちを歩きに出たりします。 

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まちに繰り出すとみているもの

そんな感じで散歩をしたり、カフェに入ったり、電車に乗ったりして渇いた暮らしに一滴の癒しを感じているのですが、この趣味の中で一つ、一貫しているテーマが個人的にあります。

 

「地元の人の暮らしを極力知りたい」

 

実は、わたしが「商業施設巡り」を趣味にした理由もこれです。消費の場と公共の乗り物は、地元の人が集まりやすい場所の一つです。そうした人々を眺めていることによって、「ある程度」地元の人の暮らしを知ることができます。なので、わたしが出掛ける先は、観光地というよりは商店街盛り場(風俗街)スーパーマーケットだったり、あるいは山の上のなんでもない住宅地を見ることも多くあります。ただ大都市の郊外や遠方では、公共交通と徒歩ではたどり着けない場所……そう、「バイパス沿いのロードサイド」が地域の消費の場になっていることも多々あるので、最近はクルマを使って国道沿いのロードサイドエリアを流したり、イオンモールなどの大型郊外モールを眺めたりすることも多いです。

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茨城県神栖市のロードサイド商業エリア(とてつもなく巨大です)

ただ、「わたしはどうあがいても来訪者でしかない」ということは、心に留めておかないといけないと思っていて、地元の人の暮らしを「体験」したとしても、長くても数日経てば、わたしは東京に戻ります。そしていつもの場所で普段の暮らしに戻るのです。そういったことを考えると、まちには連綿と続く空間と時間があり、それは数日いただけでは理解できるはずもなく、住んでもいないのに「わかった」気になるのはナンセンスだなあと思ってしまったりもするわけです。

 

 

地元の人の声を聴きたい

でも、わたしはあきらめきれないのです。ありとあらゆる地域の「リアル」を知りたいと思ってしまうんです。

実は、この実現に近づく方法がもう一つあります。それが「住んでいる人の話を聞く」ということです。

本当は、旅先で気軽に地元のおばあちゃんとかに声をかければ解決なのかもしれません。でもわたしはコミュ障で……1年会わなかった大学の同期と会うだけでもドキドキしちゃうくらいコミュ障なので、見ず知らずの他人に話しかけるなんて、無理すぎるのです。なので、いまは「様々な地域出身の友達を作って、仲良くなったうえであれやこれやを聞き出したい…!」というやり方で、少しずついろんな地域のことを知ることができるようになってきています。

 

 

将来はみんなの「地元」を発信できる取り組みにしたい「matinote」

実は、わたしとその仲間の有志で、おままごとみたい(でも真面目!)ですが

matinote.me

「matinote(マチノート)」というメディアサイトを細々と運営しています。

ちょっと紹介を挟ませていただくと、このサイトは、メンバーや、外からお呼びしたライターさんに、まちの様々なこと・ものを、各々の得意な視点から掘り下げてもらう記事を載せ続けています。

構成メンバー上、「交通のこと」「商業施設のこと」「ニュータウンのこと」などがちょっと多めですが、探してみると「バブル期に乱造された中途半端な住宅地の顛末」とか「ヘンなコンビニ特集」とか、変化球ゴリゴリの面白い記事もあるので、こういったジャンルに興味がある人は、会社に行く途中とかで、スマホでナナメヨミしてみると………わたしが喜びます(ヤッター!!)(宣伝ココマデ)。

 

でも、わたしが考えている「matinote」の姿は、ここがゴールではありません。むしろ、ここは入口…というか、それこそ「こういうことをしている奴がいる」というアドバルーンみたいなものだと思っています。

わたしが、この取り組みで最終的にやりたいことは、「地元のことに関心があったり、発信したいと思っている人に、その場を提供して、受け取った人も、地元の人の視点からその場所のことを学ぶことができる」仕組み作りです。

これは、先述した「地元の人の視点を知りたいけど、なかなか知ることができない」という個人的な苦い経験が、そのベースにはあります。そうした一方で、自分の地域のことを発信したいけど、その場や機会がないという人もそれなりに多くいます。そもそも、体系的に発信をしなくても、自分の日々の暮らしを話すだけでも、その地域ではない人にとっては新鮮な発見があったりするものです。

形もメディアに限らず、トークイベント(広島人ナイト!とか)であったり、様々なやり方があると思いますし、その辺は、まだ「夢物語」だけど、でも「夢」でもあるところです。

 

 

アイマストドンに参加して見えた「可能性」

まったくそうした取り組みとは関係のない「趣味」として加入したアイマストドンでしたが、加入して1カ月ちょっと、少し意外な方向で期待を持ち始めています。

それが、「プロデューサーの地理的拡がり」です。単一のコンテンツ(ASデレミリシャニsideM等あるとはいえ)で、ここまで人口が多いコンテンツはあまりないように思います。その上ある程度のまとまりがあり、さらにアイマストドンという「フィルター」がかかり、共通の言語やバックボーンを得ることによって、コミュ障のわたしでもちゃんと会話を紡いで人間関係を作った上で、様々な地域のことが聞けるかもしれない!と、最近思うのです。

ただ、あくまでもお付き合いは「プロデューサー」として、という大前提は理解をしています。なので、わたしもまだまだアイマスでしらないことをたくさん学びたいなあ…と思っています。

まだまだ新参者で、アイマストドンに入ってから実際にお会いした人はまだいない…という状況ではありますが、今後現場に出向く可能性も大いにあります(デレ6thに最高に悪い影響を与えられました)。ぜひ、リアルで対戦するときはお手柔らかにお付き合いいただけると助かります。

そして、仲良くなったら、ぜひみなさんの地元のことも、教えてくださいね。

 

(12/6追記分)

次に、バトンを渡すのは…! やきたまさん!

yakitama.goat.me

旅行の楽しみ方っていろいろありますね。そしてMinecraft……ずっと気になってます。

 

 

 

ISF06 感想をのべてみるなど

 遅くなってすいません。ISF06感想です。

すっきり、ダイレクトに作者さんに伝わる方がいいと思ったので、こんどこそtwitterで!と思ったんですが、やっぱり無理でした。わたしには言葉をまとめる力が全く持って足りていない。修行が要る。

 

褒められるってうれしいですよね。わたしは褒められちゃうとちょっと困惑しますけど、でも基本はうれしいものだと思うんです。

だから、好きはちゃんと好きを伝えたい。複雑難解へたくそな文章だから、ちょっとこんな文章読ませんのかオィ!ってなるかもしれませんけれど、ごめん…もっとちゃんと文章うまく書けるようにするから…………

 

以下感想

 

かおりドライブ!:Tanaka先生(@kosianazuki)(桜守歌織合同誌「桜盛」より)

合同誌の中でも特に好きだった1作。作品通じてトレンディーな雰囲気があって、いいですね。気分はまさしく山下達郎というか、そんな感じがしました。歌織さんがのっているのはレヴォーグ?でしょうか。レヴォーグ、たしかに桜守家持ってそうだなあって思います。きっとお父さんの所有だけど歌織さんが自由に使えるのはレヴォーグで、もう1台いるレクサスはきっと歌織さん使わせてもらえないんです。などと、結構妄想がはかどりました。

 

北上麗花のヤマレポ!Vol.2:レイジ先生(@SKannaP

初めましてだったのにブースまでご挨拶に来ていただいて(売り切れてスイマセン…)、おまけに出されている本までいただいてありがとうございます。これがまたすごくて…………来られた時も「ミリ住む」みたいな本が好きと仰ってくださったと思うのですが、それが「なるほどわかる!!」となるくらい、緻密で現実世界に即した描写の完成度に驚きました。実体験を基にしているようですが、それでもすごいです。登山に行ったことないのに、ぐいぐい読めて、その筆の力にびっくりしますし、そこにフィクションであるはずの麗花がスッと自然に入ってくる。フィクションとノンフィクションの融合が気持ちよくて、わたしたちが「ミリ住む」で目指した力加減に近いと確かに思いました。この世界の麗花は松本が実家で、東京の大学に通い、池袋に住んでいる…のですが、ついに大学は明かされず。ちょっと考察してみたいものです。またどこかでお会いできたらなあって思います。(今度はちゃんと新刊の雁首揃えて持っていきます)

 

ハチドリは見た!:ヤスミツ先生(@7o90_)

今回ブースがお隣だった方。その節はお世話になりました。スキがないというか、コマ1つに笑いの空白を許さないタタミカケスタイルが大好きです。劇場のコマには「ロート、ロート、ロート~」を忘れないとか。もうどいつもこいつもこの作品ではぶっ飛ばしていて、でも「あぁ…莉緒もこのみさんも歌織さんもうっかりしたらこういうこと言いそうだワ…」という妙なリアリティ(そもそもフィクションなんだからリアリティもおかしいけど)が結構ズルい。歌織さん、金輪際こうした浮いた(事実は一切浮いてもないけど)話、このりお組にしなくなるだろうなあって思ったり。

 

あなたまでひとり:セキバラ先生(@skbr0x0

わたしも社会人1年目で挫折を経験した立場なので、ちょっと……並々ならぬ同一視というか、まるでわたしのことのようでした。「もしやり直したとしても、あなたにまた出会う(出会いたい)」という言葉の意味を、わたしになりに考えてみましたが、わたしの想像力では限界があり…きっと、やり直せない過去は清算するためにもがく必要は無くて、現在という今ここが幸せ、そんな今を認めるところから、次の一歩が紡がれる。明日に進める。きっと足を引っ張るつらい過去からの決別なんだろうと。そう思います(合っていればいいけど)。そう、そして心を空っぽにすれば、きっとその場は楽だけど、そんな人にはなりたくないのです。「心を鈍くしたくない」。受け止めて、傷ついて、傷ついて……でも、みんな傷つくから、傷つくことを頑張ったねと、みんなで癒し、癒されるようになれたらいい。ト市先生が描かれる「白雪P」もそうですが、ミリ大人組の(どちらかというとPの)「救いと再生の物語」がとにかく好きです。

Angel cilica(エンジェルシリカ):暁佳奈先生(あなたまでひとり所収)

びっくりしました。あ、あ、ああああああああ!????あの???あああああのののののの?暁先生!?みたいな感じで。ヴァイオレット・エヴァーガーデンという素晴らしい作品を生み出している暁先生が風花のことをご存じ!?それは!???それは……素晴らしいことです。内容もとても良いです………書き味がとても好きです。わたしは女の子でもないし、女性でもないのだけど。あぁ、こういうことを思うんだ、こう感じるんだ。がどこまでもしっとり入り込んできます。あと、「ジェンガ」とか「アイスキャンディー」みたいな、なんだか素朴な比喩表現も大好きで…………やっぱり暁先生いいなぁって思います。たしかに風花ちゃん、ちょっとつまずくとお酒に逃げちゃいそうだなあって思ったり、その後のバレンタインライブで実は本人はすごくうれしくて、すごく興奮するんだと思うけど、それを静かに、小さく包み込んで、でもちゃんと伝えてくるというか、やさしく、あたたかい世界に、悲しみも喜びも激しい感情をまぁるくつつんで。いいなあ。

 

とりのうた:桐ト市先生(@k_toichi

前回の夏コミで在庫を買い込んでから、すっかりファンになってしまいましたが、待っていました新刊。この「うた」はきっと巣立ちの始まりで、Pに手を引かれながらも、一人羽ばたくために、自分が願いは何か?誰のために何のために歌うのか?を迷い、探し、その答えを見つける物語でした。個人的には、既作「しろがさく」にあった、「それは本当に自由でしょうか…だれかに作られた場所で歌うことは…」という白雪Pの一つの答えでもあると思っています。きっと白雪Pは、「とりのうた」でその鳥かごを、完全に開け放ってあげたというか、自分が手を放し、歌織さん自身でその行き先を決めてほしいという願い。実際にPの登場回数は結構減ってる気がします。テーマとしては、大きな「願い」「理由」は決めなくていい、目の前を幸せにする、今を幸せにする、「いましたいこと」「いま叶えたいこと」を形にすることでいいんだよというメッセージが素敵で、とてもやさしいなって思います。人って「大義名分」を考えがちですが、もっと素直でいいし、純粋でいい。「なにがしたい?」という質問は、「あなたの将来の目標は?」くらい大きく、重く聞こえがちですが、もっと簡単に、そのまま「次は何をするの?」くらいでいいんですよね。目指すべき場所は、最初から見えるわけなんてなくて、探って、探って、歩いて、歩いて。その結果なんだと。新しい一歩を踏み出すその足が、ふっと軽くなる。失敗かも、無駄足かもしれないことが、肯定できるというか、目指す先はいろんなことをたくさん知って、それから。って思えるのは、結構勇気になります。迷いの中にいたわたしの一筋の光というか、わたしにとっては、そういう希望の物語でした。

 

文章がうまくなりたい。伝われこの思い!

言葉にしないと、伝わらない。

今年の夏コミ、個人的には数年ぶりの参加でした。

前回は、まだ学生の頃で。

それから3~4年がおそらく経っていて、あいさつ回りに行く人が変わったし、なにより、自分が変わったなあと。いつの間にか社会人になり、挫折して、迷いの海にいて、見えない灯りを探してさまよっている。気温の変化とプレッシャーに弱くなって。

そんな自分に、ひとつの光明がある。

光明なんて恰好が良くて、まあ体のいい「現実逃避」なのだけど、それが「ミリシタ」であり、「桜守歌織」という女性だった。

彼女が新しい世界へ、羽ばたいていくその様は、迷いの海にいるわたしには間違いなく「光」だったと思う。まあたかがアニメ、ゲームなのかもしれないけど、でもだいぶ心の支えになったのは間違いがない。彼女は「かわいいから好き」ではなく、動きだせないわたしの手を引いて、「一歩先の世界へと一緒に連れだしてくれる」ように思った。容姿というよりは、彼女の生きざまが、わたしを後押しさせてくれるようで。

本題はここからで、そういうわけで歌織さんを知り、様々な作家さんを知るにあたって、桐ト市先生(@k_toichi)を知ったわけです。

わたしの知識不足かもしれないけど、ここまで歌織さんを丁寧に描き出す方はいないように思った。

 

そんな中迎えたコミケ。朝から並ぶ体力はなかったけれど、昼前に入場して真っ先に向かって、「在庫あるやつ全部1つずつください」という恥ずかしい注文をして、他の用事を済ませつつその日は終わった。

翌日、何気なくカバンを放り投げる自室の隅で、カバンから取り出して読んでみたらまあ、その場でぼろぼろと泣いてしまった。

普段ならこのまま「よかった」で終わってしまうのだけど、今回は感謝というか、良いものは良いとしっかり伝えなきゃと思った。それは「あなたの背中を伸ばしたくて」にもあったけれど、「言葉にしないと、伝わらない」からだ。

 

なので、見てくださるかはわからないけれど、なんだかとても恥ずかしいけれど、書いておこうと思います。感想。

 

 

「あなたの背中を伸ばしたくて」(新刊)

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とにかく、丁寧で細かくて書き味にとにかく揺さぶられた。ノベルティの仕掛けもすごいけれど、どこまでもスッて読めてスッと入る。好きって自分にない部分への憧れから来る部分ってあるけど、近づくとどんどん相手も自分に合わせて変わっていって、そのまま好きな人のいいところを壊すかもしれないという怖さとか、でもそれに苦しさを感じたら、わたしの好きは「わたしにないものを持っているから」という、相手そのものには「好き」がないのか?などなど、余計なことまでとにかく自分事のように考えてしまう。相手のことが分かってきたように思って、話すことに対してちょっと雑になっちゃう時期とか、でもやっぱりちゃんと「言葉で伝えななきゃね」という。とにかく丁寧で、普段気にしないけどああ確かに、そういうことをふと思うよなあみたいなところに対する感度がまあすごい。こうした心の機微にちゃんと気づいて、形にできるのはすごいなあと。自分も日々を丁寧に生きて、こういう気づきをちゃんと「気づける」ようになりたいと思います。

 

以下既刊の感想です(しろがさくが売り切れていたのは一生の不覚でした。どこかで手に入るでしょうか)

 

「しろにさく」(既刊)

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最初にこれから読んだのですが、まず冒頭から参ってしまった。なにせ白雪さんと自分が置かれている境遇が近いものだったからで、ちょっとこれはびっくりしました。なので基本的に自分のことのように読んでいました。どこまで読んでもわたしが歌織さんに惹かれた理由のすべてという感じがして、なんだか心を読まれているようで不思議な気分がしました。これはもうなんだかミリシタで歌織さんに出会ってここ数ヶ月の気分そのままです。だからこそ、作中の白雪さんと同じように、自分がしたことの手ごたえとか、そういうのに「これだ!」って思えるようになりたいと強く思いますね。自分の「迷い」に対して後押しをもらえた気分がします。わたしもスカウトされないかなあ……

 

「しろとさく」(既刊)

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自分の意思で進む怖さ、不安を乗り越えていく話ですが、自分の意志ってある意味で「わがまま」なんですよね。歌織さんって「あなたの~」にもでてきますが、やっぱり自分のことをちゃんと大事にするのが苦手なんですよね。自分のわがままを通すのにとても勇気がいるし、失敗も人より大きく自分に響いてしまう。それが他人に影響を与えてしまうものであればなおさらで。だから自分の意志を貫いていいのか、迷う。自己の意思は誰かしらを傷つけるかもしれない不安。これは実は対応に追われる白雪さんもきっと思っているところで(莉緒姉とこのみさんに頭下げているところとか)、でもそれに対して、「ちゃんと責任を果たせていればいい」みたいな返し方をこのみさんがするんですよね。そう、「わがまま」は周囲に無頓着で、キツくいえば「傍若無人」だから嫌われるのであって、自らの判断が周囲に迷惑をかけるかもしれないという自覚があってはじめて、自分の意志ってちゃんと貫けるんですよね。なんだろう、とにかく普段暮らしながらどこまで考えているんだろうと思うくらい、繊細。やっぱり丁寧に、日々を大事に生きようって思う。

 

以下、デレ、AS系の同人誌なんですが。

実はわたしがアイマスの世界に足を踏み入れたのはミリからなんですよね。だからデレ、ASは背景がわからないです。きっとト市先生なら、コミュとかエピソードとか、とてもよく呑み込んで描かれていると思うんですよね。だからきっといい意味でその背景が分からないときっと表現の奥の奥までたどり着けない。って思うんですよね。なので感想をいうのは的外れになってしまう気がして。「それなのに買ったのかよ!!」ってハナシですが、もうとにかく、全部読みたい!と思ってたんです。

でも、わたしも受け手として作品に真摯でありたいなあと思うので、感想はちゃんと登場人物たちのことをちゃんと知ってからにしようと思うから、割愛します。どれもこれも、出てくる登場人物全員を「もっと知りたい」と思わせるには十分すぎる内容で、特に「あの日の向こうに見えた空」(美希本)は、あとがきまで読んで、その背景の一端を知って、彼女のことをもっと知りたいなあと思ったり。

以下、感想割愛。でもどれもこれも感想を言いたいけど、

もっとアイドルマスターのことをよく知ってから、もう一度読んだら、きっと違う世界が見えるんでしょうね。その時にでも感想を書こう。

 

「あの日の向こうに見えた空」

「水底のしあわせ」

「いつか境界の向こう側で」

「もしもケガをしたアナスタシアの代わりにアンドロイドが作られたら」

「TRuE」

 

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大切なことにたくさん気づけました。

ありがとうございます。

心眼がうずいているような話

最近旅行することの意味を考えている。

 

私が執り行う旅行というのは、おおよそ一般的な「観光」や「旅行」と言ったものとは程遠い。全国チェーンの総合スーパーに行ったり、山の上の郊外住宅地に行ったり、地元でもお世話になる書店の支店にいったりするわけで……

他人が見れば何が楽しいのかという感じではあるが、自分で思うに、2つの「楽しい」が私の旅行(≒奇行?)に含まれているように感じる。

 

一つは「他人が知らない景色、事実を知りたい」ということにある。

世はネットの社会であるが、この狭い日本列島にも皆が知らないであろう事実や景色が恐ろしい数転がっている。こいつを誰よりも先にゲットして、全世界に発信してやろうではないかというセコい魂胆がここに働いているというわけである。

これは一人旅を好むという性質にも関わる。せっかくの手柄を他人と真っ先に共有されてしまっては興ざめだと。またしてもセコセコな感じ。

このままではワルイヒトになってしまうので言い訳(というか現実)を話しておくと、実際はそんなフロンティア的な活躍は到底できておらず、基本は誰かの情報の後追いになっている。情報のアンテナが低い、思い込みが激しい上、幸いにも世の中を苦労せずに生きてきてしまい、世の中の言説や情報に対して疑問が生じにくい(意外な発見は常識に対する疑問から生まれるものだ)ことが原因のように思われるわけだが、ここのギャップは本人のストレスの一因として存分に寄与されている。

 

もう一つは「コレクター心の充足」にある。

これはどういうことかというと、大変ご好評を頂いた「そごうのその後」を例にすると分かりやすい。わたしは元から図鑑、図録といったものが好きで、その1冊で何かの情報がコンプリートする。そしてそれは一定のフォーマットをもって提示される。つまりもクソもないが、要は「何かをコンプリートする」ことが大好物なのだ。それは「そごう全店踏破(厳密には海外店舗行ってないが)」であり、「イオン全店行脚の旅」であり、「鉄道乗りつぶし」であり、これらのコンプリートも密かながらに旅行の中では推進されているのである。

 

そりゃもちろん、きれいな景色であったり、重要伝統的建造物群保存地区(重伝建というやつだ)であったり、おいしい地場のごはんに興味がないわけではもちろんない。むしろ地場の飲食店での夕食は何よりも優先する。語ると長いのでこの辺にしておく。

話を戻すと、わたしの行動原理にはおもにこ上記2つがあるような気がする。残念ながらこの願望を満たすほどの積極性と機動性を持ち合わせていないのが大きすぎる課題としてのしかかっているわけであるのだが。

おそらく誰も知らない景色や事実の獲得のためには、人と違う行動や場所に行かねばならない。こんな時代、そんなものは大通りのど真ん中には転がっておらず。山の上の住宅地に見つかれば上出来なものだが、だいたい道もないようなところであったり、それこそ人が未踏なところにあるもんである。

人が未踏というのはそれなりに理由があって、だいたい「法的にヤバイ」か「生命的にヤバイ」なプレイスである。あくなき探求心の弾丸のような人はこういった「ヤバイ」を乗り越えていき、様々な素晴らしい報告をワールドワイドウェブに上げられている。しかしわたしにはここまでのバイタリティは体のどこを絞っても出てきそうにない。法律は守りたいし、命は惜しくなってしまう。善良な小市民であるわけである。

そんな現実と、フロンティア欲と名付ければいいようなよくわからないがしかしそれでもなお湧き続ける欲求との駆け引きの中で、日々のmatinoteの原稿はひねり出されているわけである。法的にヤバくない、生命的にヤバくない、でもみんな知らないでしょ?みたいなラインである。なのでみんな安心して紹介されたプレイスを訪問してほしいものである。

 

まぁ、そんなこんなで、わたしの出掛ける動機はこれくらいひねているわけである。むろんフロンティア欲は以前満たされぬままである。気づいたら断崖絶壁に取りついているマンになってしまいそうなのでそうなりそうだったら誰か止めてあげてください………

 

オチなんてない!

"就活"とはなんだったのか

そういえば、

さらっとブログが復活し、その他の活動でも何事もなかったかのように活動をしている昨今なのだけれど、実は、ブログを更新していなかったり活動がなんとなく遠のいていた時期、就職活動をしておりました。

結論から言えば、ある企業から内定を頂き、無事就職活動は終了!と相成ったのだけれど、その実態というか、内実というものに対する違和感のようなものは、やはり私がこの時期に突入する以前から現在に至るまで残っているように思います。

後を続く方々にとって、何の役にも立たないのかもしれないけれど、自分のためにも、就職活動で感じたことを、あまり忘れないうちに記しておこうかと思います。

 

わたしにとって、就職活動というのはしんどいものでした。

つらかった理由について考えてみると、おそらく「やりたいことの動機が弱い」「就活という興味のないことにそこまでアツくなれなかった」ためであったように思います。

わたしは個人面接でのフリートークになると非常に盛り上がった記憶がありますが、集団面接の一問一答の質問になると「それでよろしいですか」と聞き返されるくらい内容が薄い返答しかできないことが続きました。普通の大学生ならここでしっかり考えなきゃ!ってなるのでしょうけれど、わたしは「思いつかないことをねつ造してもしょうがないやん」と開き直るダメ学生でした。

ある意味で、準備不足だったように思います。伝えたいことはたくさんあったのだけれど、その全部を簡潔、短時間で伝えることが全然できなかった。

でも面接はコミュニケーションなのだと思っていた。ある程度内容を薄めに話して、もっと突っ込んでほしかったのだけれど、実際はありがとうございましたと言われてそのまま終わってしまう場面も多かったし、そもそもわたしは質問に対して非常に素直に答えたのだけれど、おそらくその質問にはわたしの能力を測ろうとしている意図があり、それにそった「模範解答」をするのが一種の正解だったのだと思います。これはわたしが鈍感だったというのは間違いなくありますが、これで多くの面接をふいにした気がします。でも、それで自分らしさをブらしたり、あるいは自分らしさを欠いた返答をしようとは思えなかったのです。

自分が用意していったエピソードが適切ではなかったという可能性もあります。ただわたしのエピソードはどれを振り返っても感情的な話題が多く、思いつく限りで、どういった能力が秀でていると引き出せるようなエピソードはありませんでした。そもそもわたしは感情を大切にして生きてきたから、じぶんにはどういう能力があるだなんて、考えたこともなかった。

ただ、これは自分勝手なのでしょうけれど、そんな方法で能力を測ろうとするのなら、SPIでも受けさせればいいという話で、面接という人と人があう場を設けるのならば、もう少し時間をかけて、一人一人、その「人となり」を見てほしかったと思います。何を測りたいのかが予測できる範囲の質問が出され、それに対して「こういうふうに言えば受けがいい」「こういうことを言えば『求める人材』に近づける」といったパフォーマンス合戦をする…といった集団面接の白々しさが、わたしを余計に頑なにさせました。

おそらく、一般的な企業で求められるのはいくら人物重視だと標榜していても、結局は能力なんだ。そしてわたしはその企業で通用する能力を持ち合わせていない。わたしがたどり着いた結論は、思った以上に厳しいものでした。

結果的に内定をいただいた企業さんは、正真正銘の「人物重視」で、定型の質問も毎回一つ程度、時間の大部分を履歴書に沿って「会話」する形でした。「面接」ではなく、面接官の方々も包み隠さずその場でわたしの意見に賛同してくれたり、時に不備を指摘してくれたり、実務経験をもとにしてわたしはこう考えるといったことを仰ってくれる方が多く、この面接スタイルがその後の内定をお受けする大きな理由になりました。

わたしはおそらく就活はうまくいかなかった方なので、あまりああすべき、こうすべきということは言えませんし、言うつもりもありません。ただわたしはこう思った。こう思ったことに対して、誰かがそれから考えたり、見直したり、その誰かの指針になったりしたら、いいなあなんて思ったりして。

今日は、就活の総括でした。